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2015春節「ちょっといい話」入選作品をご紹介

横浜中華街でのちょっといい話 その1

神奈川県川崎市 S.Kさん

昨年、1月21日に父が他界した。亡くなる10日前に、新年の挨拶のため実家を訪れた。普段は子供たちを連れての訪問となるが、この日に限って私ひとりでの訪問となった。

父は、今日は子供たちがいないことに気づき、とても落胆した様子であった。こんな悲しい顔は見たことがなく、これ以降、生前中に父と子供たちが会う機会はなく、悔いが残った。後で考えてみると、既に父は死期を悟っており、子供たちに会うのはこれが最後の機会と感じていたにちがいない。

その後間もなく父は最期を迎え、通夜、告別式が慌ただしく行われ、いつの間にか一月も終わり、春節を迎えた。

その昔、私が学生時代に父と行った中華街の春節で、屈託のない華僑のお子さんたちの笑顔や踊りを見ながら、「この笑顔が邪気を払い、中華街をここまで発展させたんだろうな。おまえも将来子供ができたら、子供の笑顔が絶えない家庭をつくれよ。」と云ったことを思い出した。

昨年は、喪中で春節を見送ったが、今年は子供たちを連れて、春節の中華街を訪れようと思っている。華僑の子供たちの笑顔舞うイベントの中に、父の面影を探して見よう。そして、わが子の笑顔も華僑のお子さんたちに負けていないところを見てもらおう。

喪中の明けた今年の春節は、父もきっと見に来ているにちがいない。2月19日、父に会いたい。 合掌

横浜中華街でのちょっといい話 その2

神奈川県横浜市 PN:七瀬 椋さん

中学を卒業する記念に思い出を作ろうと、制服の女四人組で中華街にランチへ向かった。だが、春節のことを全く知らなかった私たち。

「いつもよりも混んでいるね、何でかな?」と話していたら、中華料理店のお姉さんが「春節は中国の大事な祝日なの。日本の正月みたいなものよ」と教えてくれた。それから、ご飯を食べている最中、金属音が耳に入ってきた。

「獅子舞が入って来るわよ」とお姉さんは言う。程なくして、その言葉の通り、獅子舞が店内に入ってきた。鐘のリズミカルな音と獅子舞の優雅な舞が目の前にある。

「凄いなぁ」と見惚れていたら、何故か、私の頭は獅子舞にかじられていた。驚いて固まる私。隣にいる友人たちも次々に頭をかじられていく。皆で顔を見合わせていたら、お姉さんが「良かったわね。獅子舞に頭をかじられたら、学力がアップするのよ?」と笑った。それを聞いた私は獅子舞に向かって「勉強、頑張ります!」と頭を下げた。その言葉が聞こえたかは分からないけれど、獅子舞は一度口を鳴らして、扉を出て行ったのでした。

――そのご利益があったのか、私たちは、高校も大学も難なく希望の学校に入学出来たのでした。

あの時の獅子舞さん、頭をかじってくれて有難う。今年も友人たちと春節をお祝いに行きます。

横浜中華街でのちょっといい話 その3

埼玉県富士見市 K.Yさん

それは今年の1月、私と母とで初めて二人で中華街に出かけた時の話です。

母は年齢で言えば高齢なのですが、今でも社交ダンスを楽しみ、積極的に体を動かす活発な女性です!

しかし、これから中華街を楽しもうとしていた矢先、母は店先の5センチほどの段差につまづき転倒してしまいました。

私は驚き、大丈夫?!と声をかけ体を起こしましたが、母は痛みで顔を歪め、私が肩を貸そうが何しようが、そこから一歩も動けなくなくなってしまいました。(その後、病院で診察してもらった結果、大腿骨頸部骨折と診断されました)

途方に暮れる私達の横を大勢の人々が通り過ぎて行きました。母は新幹線に乗って来たのですが、駅構内を歩くのも困難なので、静岡の実家から父に車で迎えに来てもらうことにしました。どこかのお店で待たせてもらおうにも、移動ができず、ただ母を気遣って傍に寄り添うしかできなかった、その時です!

「どうしましたか?大丈夫ですか?!」と、一人の男性が声をかけてくれました。その方は30代後半くらいでスラッとして体を鍛えていそうなハンサム、一緒にいたのはガタイのいい黒人男性と、もう一人は黒いサングラスがよく似合う日本人女性でした。まるで映画に出てきそうな三人組でした!

声をかけてくれた男性に事情を話すと、僕がおんぶしますよ、と言い、母の前に後ろ向きでひざまずきました。私と母が遠慮してると、大丈夫ですからどうぞ!と笑顔でそう答えてくれました。見ず知らずの方にそんなことしてもらうのは申し訳ないと思いながらも、どうすることもできなかった私たちは、その言葉に甘えることにしました。

おんぶしてくれている間も、病院で診てもらったほうがいいんじゃないかとか、静岡から来るんじゃ時間がかかるから喫茶店なんかで待つのがいいんじゃないかとか、いろいろ気にかけてくださいました。そして一番近くのコーヒーショップのソファーまで母を運んでくれたのです。

大勢の人が声もかけずに通り過ぎて行く中、こんなに親切にしてくれるなんて、私と母はその優しさで胸がいっぱいになり、何度もお礼を言いながら、あふれる涙を止めることができませんでした。

二人きりになり、母が私に「こんなことになっちゃったけど、人の親切に触れることができて、いい思い出になったよ」と話してくれました。

母が元気になったら、そのときは中華街を思いっきり楽しみたいです!!

横浜中華街でのちょっといい話 その4

千葉県 K.Mさん

「アンタ、春節の中華街にはいかない方がいいわ。」

電話口で、疲れた溜め息を交えつつも、興奮冷めやらぬ様子で話をする田舎の母。聞けば自治会のバスツアーで、父と孫(妹の子)と一緒に、数年ぶりの中華街を満喫する予定だったその日、彼らにとって運が良かったのか悪かったのか、中華街は春節イベントの真っ最中だったそうだ。

「そりゃもう、すごい人混みよ!中華街ってあんなに賑わってるのね、久しぶりだったから、忘れてたわ。」

還暦を過ぎた両親は、普段は栃木でお米とブルーベリーを作って暮らしている。そんな生活から飛び出した中華街バスツアー、どれだけ興奮したことだろう。

「それでね、獅子舞を見ようと思ったら、そこもすごい人だかりでね、人・人・人の頭ばかりだよ。だから、お父さんが蓮(6歳の孫)を抱っこしてやってさ、三人で見ていたの。面白いね、中国の獅子舞って、初めて見たよ。色もきれいだし、日本のやつとまた違うんだねぇ。

あ!!そうだそうだ!お父さんと獅子舞に見とれていたら、誰かがひょいって蓮の事を抱き上げたんだよ。え!!まさか人さらい?!そう思って慌ててその手を掴んだわよ。そしたらその人、びっくりしてそれから、恥ずかしそうに笑ってこう言ったんだよ。『ワタシ、ワカイカラ、ダイジョウブデス』…中国人の若い男の子だったの。抱っこしてやるから、一緒に獅子舞を見ましょうって。聞いたら、留学で日本に来て半年だって。知らなかったよ、中国の人って、こんなに優しいんだねぇ。誘拐されるって思ったこと、恥ずかしくなっちゃったよ。」

年々一回りずつ体が小さくなっていく父は、母との身長差もさほどなく、孫を抱いていた時もだいぶ無理をしていただろう。それを見ていたのか、すらりとした中国人の青年が現れて、抱っこどころか、肩車までしてくれたそうだ。

「みのりおばちゃん?うん、そうなの。蓮ね、いちばん高いところでししまいを見たんだよ!すっごくきれいだったよ!」

「獅子舞が終わったらその子、蓮を下ろしてぱぁっとどこかへ行っちゃったからね、『しぇいしぇい(謝謝)』ってとっさに出てこなくて、お礼が言えなかったわ。あ、『ありがとう』って日本語で言ってもよかったんだね、あはは。」

「そういうわけだからさ、春節の中華街、すごく楽しかったよ。今度一緒に行こう、じゃあまたね。うふふ。」

横浜中華街でのちょっといい話 その5

神奈川県横浜市 S.Tさん

母にとっての横浜は、「中華街」。どこの店が美味しいとか、何が欲しいとか別段あるわけでもなく、ただ異国に迷い込んだような高揚感が魅力らしい。

かつて東京で大学生活を始めた私を母が訪ねて来た。行きたいところはないかと尋ねると、「横浜の中華街」と言う。「!」ここは都内、横浜までは結構ある。

けれど、地方に住む母にとっては、何度説明しても東京と横浜は近くなのだ。せっかくだからと出かけると、狭い路地に入ったり、店の行列に驚いたり、まるで子供の様にはしゃいでいた。

普段は肉を食べないくせに、皆が歩きながら頬張る大きな肉まんを、美味しそうにたいらげた。あれから25年、縁あって横浜在住となった私は、これでいつでも母を中華街に連れて行けると、ガイドブックも新調した。

電話で近況を伝えると、「この間、テレビで横浜特集やってたね。ああ、もう一遍でいいから中華街行きたいな。お父さんの世話があるから行けないかな。」と、母がつぶやく。

「そんな事言ってたら、今度は自分が動けなくなるよ。いつ行くの?」、家や家族のことで、自分の楽しみを二の次にしてきた母親世代は案外頑固で、ちょっとやそっとでは動じない。

こうなったらこちらも諦めるものか。春休みの帰省に、点心や中華菓子をどっさり持って行こう。美味しさはきっと、人の気持ちを穏やかにするに違いないから。

母との中華街の思い出を書きました。春節が大成功致しますことをお祈りしております。

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