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WITH MY CHINA TOWN

「第8回高校生ラップ選手権」と「ラップスタア誕生!シーズン2」両大会で優勝経験を持つラッパーLeon Fanourakis (レオン・ファノラキス)さん。「世界に通用する日本語ラップ」をテーマにミュージックシーンを沸かし続けている。そんなLeonさんに、横浜中華街との繋がりや音楽活動についてお話を伺いました。

音楽との出会いとラップの原点

ー今年8月にシングル2曲「NO LIGHTS / TOBASE!」をリリースされていますが、MVに元町が登場していますね。

Leon:出身が元町の方なんです。地元で撮影したいという思いから、友だちの車に乗って、元町周辺で撮りました。

ー元町から中華街までよく来るのですか?

Leon:中華街は中学校の通学路でした。なので、当時はほぼ毎日中華街にいましたよ。ここ「BAR NORGE」は、母がよく通っています。今は母と一緒にバーに遊びに来る時もあり、特別な思い入れがあって今回の取材場所に選びました。

ーLeonさんが音楽に出会ったのはいつですか?

Leon:母がメジャーデビューもしているシンガーで、父もDJやギターなど様々な楽器ができるという環境で育ちました。昔から親に連れられて、ライブをよく見てましたね。小さい頃から音楽自体は身近だったけど、音楽というものを“意識”したのは、小学校3年生です。お父さんにRed Hot Chili Peppersを聴かせてもらって「あ、カッコいいな」って気持ちになった時からかな。

ー家に音楽が溢れている環境が羨ましいです。

Leon:レッチリの曲を初めて聴いた時と、ちょうど同じくらいの時期に、僕のおじいちゃんが、所有するビルの地下に音楽スタジオを作ったんです。「音楽ができる!」と思って嬉しくなって、小学校3年生ながらに「バンド組もうよ!」って同級生に声をかけていました。

ーレッチリを聴いて、バンドを組もうとする小学3年生って行動力が凄すぎます!同じ学校にいたら仲間に入れて欲しかったです(笑)

Leon:音楽スタジオの名前は「獅子ラボ」って愛称なんですけど、その“ラボ”に友だちを集めてはみたものの、小学生ですから普通に何にもできなくて「なんもできねーし、やめよう」ってみんなやる気がなくなっちゃって…

ーみんなが諦めていく中で、音楽は続けたのでしょうか?

Leon:自分にやる気はあったんですよ。バンドは無理でもギターは格好いいなって思って。まあ、見た目のカッコよさのことなんですけどね。タブ譜を見ながら、好きなLinkin Parkの曲とかを、ワンフレーズ弾けるかな?みたいな感じで、ちょこちょこ弾いていました。でも全然集中できなくて。そのあとは、ビートメイクやDJもやってみたけど、やっぱりしっくりこなくて。最終的に中学校3年生でラップに出会って、ラップを始めましたね。

ーラップに出会ったきっかけは?

Leon:みなとみらいのHMVで、たまたまHOOLIGANZのCDを聴いて「日本語ラップ、カッコいいじゃん」って衝撃を受けたんです。HOOLIGANZのメンバーに、母の知り合いがいて「ラップ教えて下さい」と自分で直接言いに行きました。そしたら「じゃ、曲作って送って!」と言われて、そこから曲作りが始まりましたね。

ー教えて下さいとお願いしたのに、曲作って送って!と言う師匠もすごいスパルタですね。

Leon:その前から歌詞っていうか、不平不満を訴えるようなことを書いていましたね。大人に対する言いたいことを、学校のノートに書いたり、学校で起こった「ふざけんな!!」って思うこととか、ディスを書いていましたね。何となくラップみたいにしてはみたんですけど、それがちゃんとラップって言えるようになったのは中学校3年生くらいですね。心から思うことをノートに綴って、自分的に消化してたんです。中学生の時の作品だから、今聴くと「ちょっと聴いてられねえな」ってなるんですけど(笑)それが自分のラップの原点というか。

有言実行。かっこいいと思ったことはすぐやる。

ーラップを教えて下さい!と会いたい人にすぐに会いに行き、やりたいことに向かってとことん突き進むその“原動力”は何でしょうか?

Leon:原動力は『自分を表現できる何かが欲しい!』と思う気持ち。その時は中学生で、俺って何があるんだろう?スポーツがめっちゃうまいわけじゃないし、何がやりたいんだろうって思ってて。ラップが見つかって「俺、これしかなくね?」ってなった時、これを極めたいと思ったからやり続けましたね。その頃、スケボーが流行っていて、周りの友だちはスケーターだったんですけど、それこそみんなが山下公園でスケボーしてる中、俺はあんまりスケボー上手くないから、ずーっとラップしてました。スピーカーで音を流しながら、フリースタイルをひたすらやるっていう状態。中学校時代は、そういうことばっかりやってましたね。「誰もやってないから、今に見てろ」という気持ちでした。

ー歌詞を見ると、他人の目を気にするな!とか、自分の気持ちを代弁してくれているようなメッセージに、多くの若者が惹きつけられていると感じました。

Leon:音楽って感情だと思うから、自分の抱いている感情をそのまんま、何にも曲げずに自分の思っていることをそのまんま言いたいし、書きたい。それが自分のやっていきたいことだし。結構露骨なこと言ったりとか。めちゃくちゃストレートな表現で、強いメッセージや「やりたいことやれよ、好きなようにやれよ」っていうことを伝えたいですね。

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Profile

Leon Fanourakis(レオン・ファノラキス)

「第8回高校生ラップ選手権」(2015年)と「ラップスタア誕生!シーズン2」(2018年)で優勝した経験を持つラッパー。母親はR&Bやロックのシンガー、父親はDJ、ドラム、ギターなど楽器全般ができるという音楽家族に生まれる。14歳の時にはラップをはじめ、ラップキャリア1年目にして2014年の「横浜レゲエ祭」出演を賭けた「ROAD TO 横浜レゲエ祭@横浜ベイホール」に唯一のラッパーとして出場した。2018年の春にEP「BEAT TO DEATH」をリリース。同じ年にANARCHYが立ち上げた新たな音楽レーベル、1%(ワンパーセント)と契約を結んだ。2019年6月7日には自身のファーストアルバム「CHIMAIRA」(キマイラ)をリリースし、8月に渋谷WWWで開催されたワンマンライブはソールドアウト。2020年4月3日にはニューヨーク出身の人気ラップデュオ「The Underachievers」からAK THE SAVIOR(エーケー・ザ・セービアー)と初の日米コラボEP「FLATBU$H ¥EN」(フラットブッシュ・イェン)を配信した。日本語ラップを世界に向けて発信したい野望を持つLeon Fanourakisの今後の活動はこれからも注目。
twitter: @leonfanourakis
instagram: @leonfanourakis

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